神の御業 21
                               2025年12月28日 寺岡克哉


21章 文字の獲得
 人類は、文字を獲得したことにより、さらなる発達を遂(と)げることができました。
 なぜなら、口頭による「音声」というのは話した瞬間に消えてしまいますが、書面によ
る「文字」ならば時間が経(た)っても消えることがなく、情報を正確に「保存」できる
からです。
 たとえば文字が無かった時代には、情報を保存しておくには代々と「語り伝える」しか
なく、忘却や伝え間違いなど正確性に欠けることもあったでしょう。また、情報の保存を
「記憶」にたよるしかなく、保存できる情報の量にも限りがあったことでしょう。

 人類は、知識を文字情報として書き残し、それを次の世代が受け継いで行くことで、
「文明」と呼ばれる急速な技術の蓄積と発展を成し遂げることができました。
 また文字は、記録や伝達、思考の深化に役立ち、国家の形成や文化の伝播にも多大な影
響を与えたのです。

 このように「文字の獲得」は、人類の進化にとって、ものすごく重要な出来事であった
のは間違いありません。

              * * * * *

 それでは、一体どのようにして人類が文字を獲得してきたのか、その経緯について見て
いきましょう。

 まず、人類が最初に使い始めた文字は「絵文字」であり、最も古い絵文字は、およそ5
200年前ごろに、現在のイラクにあった古代都市ウルクで使われ始めたとされています。
 この「絵文字」というのは、その絵が指し示す事物そのものに対応したもので、たとえ
ば鳥の輪郭(りんかく)であればその鳥を指すなど、最も原始的な文字として世界各地か
ら発見されています。

 その後、「物」そのものを表す絵文字から、具体的な形をもたない概念(上、下、暑い、
寒い、明るい、暗いなど)を表すことができる「表意文字」というのが生まれました。
 このようにして、人類史で早期に「体系化された文字」として有名なものには、楔形
(くさびがた)文字、ヒエログリフ、漢字などがありました。

 「楔形文字」は、およそ5200年前にメソポタミアで使用されたもので、字の形が楔
(くさび)に似ているので、そのように呼ばれています。この楔形文字を書き留めるには、
水で練(ね)った粘土板に、葦(あし)を削ったペンが使われていました。
 上で述べたウルク遺跡からは、多数の楔形文字のもととなった絵文字をきざんだ粘土板
が見つかっており、それらのほとんどは、奴隷や家畜、物品の数をかぞえ、穀物の量をは
かり、土地面積を計算するという、行政・経済上の記録として用いられたといいます。

 「ヒエログリフ」は、およそ5000年前の古代エジプトで使用された象形文字で、神
殿や墓、石碑などに刻まれて、宗教的な文書や記録、王の功績などを記録するために使用
されました。
 このヒエログリフは、物事を表す絵文字(表意文字)と、音を表す文字(表音文字)、
そして同音異義語(発音が同じなのに意味が異なる言葉)であった場合に、その意味を決
定するための文字(決定詞)が組み合わされた文字体系になっています。

 「漢字」の起源は、およそ3300年前に中国の「殷(いん)王朝」によって発明され
た「甲骨文字」です。
 殷王朝では、穀物の豊穣を願う雨乞いから祭(まつり)や戦(いくさ)の時期まで、あ
らゆることを文字を刻んだ亀の甲羅や獣の骨のヒビ割れで占っていました。これが象形文
字を起源とする「甲骨文字」であり、神との対話のために生まれたのが漢字だったのです。
 殷王朝が滅んで新しく代わった「周王朝」は、神との交信のためだった漢字を、他部族
との契約に使うという発想の大転換をしました。話し言葉が違う部族でも見れば意味を理
解し、意思疎通ができる表意文字である漢字は、瞬(またた)く間に浸透して行ったので
す。
(ちなみに現代の日本人で中国語をまったく知らなくても、「筆談」をすれば中国人との
意思疎通がけっこう出来ます。)

              * * * * *

 その後、中国以外の中東や西洋では、言葉の「音声」を直接に表わそうとする動機が高
まり、表意文字を使わずに「表音文字」だけを使うようになって行きました。
 ちなみに日本語で表音文字といえば「ひらがな」や「カタカナ」ですが、世界的な表音
文字は「アルファベット」です。たとえば英語やドイツ語、フランス語、ロシア語、ラテ
ン語、ギリシャ語、アラビア語、トルコ語などは、文字の形が違っていても使われている
のは「アルファベット」なのです。

 ところでアルファベットの起源は、およそ3700年前に地中海東部のパレスチナやシ
リアなどで使われていた「北セム文字」というのまで遡(さかのぼ)ります。
 この「北セム文字」は、楔形文字とヒエログリフを組み合わせて出来たもので、「子音
(しいん)」をあらわす文字しかなく、単語の中の「母音(ぼいん)」は補って読まなけれ
ばなりませんでした。

 ここで「子音」とか「母音」という言葉が出てきましたが、たとえば日本語の場合、母
音は、あいうえお a i u e o です。そして、かきくけこka ki ku ke koの場合kが子音になり、
さしすせそsa si su se soの場合sが子音になります。つまり言葉の発音というのは「子音+
母音」という形になっているのです。だから文字が子音しか無ければ、たとえばkの場合、
それが「か」なのか「き」なのか「く」なのか「け」なのか「こ」なのか、文脈から暗黙
に判断しなければならないのです。

 さて「北セム文字」よりも後、今からおよそ3500年前に、パレスチナ地方で活動し
ていたカナーン人が、ヒエログリフを基(もと)にして「カナーン文字」というのを作り
ました。

 そして、その後およそ3100年前に、フェニキア人がカナーン文字を元にして「フェ
ニキア文字」というのを整備し、使用するようになったのです。フェニキア人とは、現在
のレバノン付近の地中海東岸に住んでいた古代の民族で、卓越した航海術と商業活動で栄
えた海洋民族です。

 そしてさらに、その後およそ2800年前ごろから、地中海でフェニキア人と接触する
ようになったギリシャ人に文字が伝わって行きました。
 ギリシャ人は、フェニキア文字が子音だけの22文字だったのを24文字に増やし、そ
のうちの7文字を基本の母音として定め、「アルファベット」を作り出しました。
 つまり「北セム文字」より後、初めて文字に母音が導入されたのです。ちなみに「アル
ファベット」と呼ばれるのは、ギリシャ文字の1番目であるα(アルファ)と2番目のβ
(ベータ)をつなげて言った「アルファベータ」が、その由来だということです。

 その後ギリシャ文字は、地中海地域全体に広まり、ラテン文字の元となりました。そし
てラテン文字は、ローマ帝国の言語であるラテン語を記(しる)すための文字だったので、
その影響下にあった西ヨーロッパのすべての言語において、アルファベットの基礎となっ
たわけです。

              * * * * *

 以上ここまで、人類が文字を獲得するまでの経緯について見てきました。

 最初の方でも述べましたが、人類は知識を文字情報として書き残し、それを次の世代が
受け継いで行くことで、「文明」と呼ばれる急速な技術の蓄積と発展を成し遂げました。
 また文字は、記録や伝達、思考の深化に役立ち、国家の形成や文化の伝播にも多大な影
響を与えたのです。

 ところで身近な例で申し訳ありませんが、このように私が文章を書いて、自分の思いや
考えをインターネットで発表できるのも、「文字」が存在するからに他なりません。
 そのことに思いを巡(めぐ)らせると、私は人類が文字を獲得できたことに対して、と
ても大きな感謝の念を抱かずにはいられません。そして人類が、文字の扱える生物に進化
できたことに対して、「それは神の御業に違いない!」と感じずにはいられないのです。



      目次へ        トップページへ