神の御業 17
                               2025年11月30日 寺岡克哉


17章 K/Pgの大量絶滅
 K/Pgの大量絶滅は、およそ6600万年前に起こり、恐竜やアンモナイトを含む
70%にも及ぶ種が絶滅しました。

 ちなみにK/Pgというのは、地質年代における中生代・白亜紀と、それに続く新生代・
古第三紀の境目(さかいめ)のことであり、白亜紀のドイツ語名「Kreide」と、古第三紀
の英語名「Paleogene」の頭文字をとって、そのように表記されています。

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 さて、前章で述べたP/Tの大量絶滅より後、およそ2億5200万年前から6600
万年前まで、「中生代」と呼ばれる1億8600万年間つづいた時代が訪(おとず)れま
した。

 この中生代において、陸上では恐竜が繁栄し、海の中ではアンモナイトの他、魚竜や首
長竜といった、この時代特有の大型爬(は)虫類が繁栄していました。
 一方、植物では、シダやヒカゲノカズラ、トクサのなかまといった胞子でふえるシダ植
物と、マツやソテツ、イチョウなどの裸子(らし)植物のなかまが生(は)えていました。
 また、中生代・白亜紀初めの1億3000万年前には被子(ひし)植物が出現し、白亜
紀の中頃には爆発的に進化していました。被子植物というのは、種子が果実に包まれてい
る植物のことです。

 ところで中生代は、火山活動が活発になった時代でもあり、大気中の二酸化炭素濃度は
1000ppm~2000ppmと非常に高かったと考えられています。
 ちなみに二酸化炭素濃度が1000ppmというのは、およそ20%程度の人が不快感や眠気
を感じるほどであり、二酸化炭素濃度が2000ppmになると、大部分の人が不快感や頭痛、
めまいや吐き気を発症します。

 このように、中生代は二酸化炭素濃度が高かったので、気温も高く温暖な時代でした。
とくに中生代・白亜紀にあたる9200万年前の超高温期には、地球の平均気温がおよそ
29.4℃にも上昇しました(2024年の地球の平均気温は15.1℃)。そして、この高温の時期
が数百万年も続き、南極の近くには温帯雨林が繁茂(はんも)したといいます。

 当然ながら、南極と北極の氷はすべて融けており、海水面は現在より200メートルも
高かったと考えられています。
 もしも現在の地球で、海水面が200メートルも上昇したら、東京、大阪、名古屋、
ニューヨーク、パリ、ロンドン、ベルリン、モスクワなど、世界中の主要都市がことごと
く海に沈んでしまうことでしょう。

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 以上のように中生代は、二酸化炭素濃度が高くて、気温が温暖であり、海面も上昇して
いましたが、動物も植物もすごく繁栄していました。

 ところが!
 およそ6600万年前にK/Pgの大量絶滅が起こり、恐竜を含めた70%にも及ぶ種が
絶滅してしまったのです。

 その原因については「隕石(いんせき)の衝突」というのが、現在のところ最も有力な
説となっています。
 この説が有力な理由は、まずK/Pg境界(白亜紀と古第三紀の地層の境目)では、「イ
リジウム」という物質の濃度が異常に高くなっており、他の層に比べて20倍~160倍
ものイリジウム濃度が観測されていることです。イリジウムというのは、地球の地殻には
ほとんど存在せず、隕石に多く含まれる物質であり、世界中のK/Pg境界の300ヵ所以
上でイリジウム濃度の異常が観察されているのです。

 また、K/Pg境界には「衝撃変成石英」という、隕石が衝突したときの激しい衝撃圧力
によって特殊(とくしゅ)な構造になった石英の粒子が含まれていて、その石英粒子の大
きさが、ヨーロッパや太平洋よりも、中央アメリカ付近の方が大きくなっていました。

 さらにはメキシコ湾岸やカリブ海周辺のK/Pg境界には、津波による堆積物が多く含ま
れていることから、白亜紀末に中央アメリカ付近に巨大な隕石が衝突したことが推定され
ていました。

 そしてさらに、恐竜絶滅の原因が隕石の衝突であるという説を決定的にしたのは、19
91年にメキシコのユカタン半島沖で、直径180キロメートルのクレーター(隕石の落
下跡)が見つかったことです。
 白亜紀末のおよそ6600万年前に、直径10~15キロメートルの隕石が秒速20キ
ロメートルで衝突しました。その跡とされるのが、「チクシュルーブ・クレーター」です。
 この隕石の衝突により、マグニチュード11以上(東日本大震災の1000倍以上のエ
ネルギー)の大地震が起こり、高さ300メートルもの津波が周辺に押し寄せ、大気中に
舞い上がった大量の塵(ちり)によって長期間にわたり太陽光が遮(さえぎ)られ、地球
の平均気温が10~28℃ぐらい低下したと考えられています。

 ちなみに、チクシュルーブ・クレーターが見つかってから9年後の2010年になると、
12ヵ国の研究者からなる国際チームにより、この隕石の衝突による急激な環境変化が恐
竜絶滅の原因になったと結論づけられました。


 さて、現在もっとも有力視されている恐竜絶滅のシナリオは、つぎの通りです。

 まず、メキシコのユカタン半島沖に落下した直径10~15キロメートルにも及ぶ隕石
の落下によって、大量の塵(ちり)が巻き上げられました。
 大気中の塵はおよそ2年もの間、太陽光を遮(さえぎ)ったため、陸上や海面付近の光
合成植物、とくに多くの光を必要とする「被子植物」が育たなくなりました。

 つぎに、被子植物が育たなくなったことから、これを主食にしている植物食恐竜が絶滅
しました。そして植物食恐竜が絶滅したことによって、それを捕食している肉食恐竜が絶
滅したのです。とくに、大量の食物を必要とした大型種から消えていったと考えられます。

 また、隕石が衝突したユカタン半島沖の岩石には硫黄(イオウ)が多く含まれていまし
た。そのため、衝突で岩石中の硫黄が高温になって蒸発し、大量の酸化硫黄ガス(硫酸に
なりやすい化学物質)が発生して、それが酸性雨として降り注いだことがわかっています。
この強い酸性雨が食物連鎖を破壊して、大量絶滅の直接的な原因となった可能性も指摘さ
れています。

 さらには、太陽光が遮られたことによって地球の気候は10~28℃もの寒冷化が起こ
り、この急激な寒冷化も植物や動物たちに大きな打撃を与えたことでしょう。

 だいたい以上のようなシナリオで、K/Pgの大量絶滅が起こったと考えられています。

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 いま上で述べたように、たしかにK/Pgの大量絶滅は、生命にとってものすごく悲惨な
出来事でした。

 が、しかし、私たち人類にとって見れば、幸運な出来事だったと言えるでしょう。なぜ
なら恐竜が絶滅したことによって、哺乳類が台頭することになったからです。
 つまり恐竜が繁栄していた中生代の白亜紀においては、私たち人類の祖先である「哺乳
類」の多くがネズミぐらいの小さなサイズで、虫や草などを食べて生きていました。
 しかし6600万年前に恐竜が絶滅すると、それまで恐竜たちから隠れて生きていた哺
乳類たちが、新しい生活の場を求めて急増し、進化が加速したのです。
 現在のウマ、ウシ、ゾウ、クジラなどのなかまが多く出現し、そのように哺乳類が多様
に進化していく中で、ついに私たち人類が出現することになったのです。

 そして一方、K/Pgの大量絶滅で一時的に姿を消した被子植物も、その種(たね)が休
眠状態で保存され、地球環境が落ち着いた後に復活を遂(と)げることができました。

 このように、大量絶滅という悲劇が起こっても、そこから何度でも復活するという地球
生態系の力強さ。
 そしてさらには、その大量絶滅をバネにして生命進化を加速させ、人類のような高等生
物を出現させるという、まるで「災い転じて福となす」とでも言えるような生命戦略の巧
妙(こうみょう)さ。

 そのような所に、私は「神の御業」を感じずにはいられないのです。



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