神の御業 16
                               2025年11月23日 寺岡克哉


16章 P/Tの大量絶滅
 P/Tの大量絶滅は、今からおよそ2億5200万年前に起こりましたが、それは生命
の歴史上で最悪の大絶滅でした。ちなみにP/Tというのは、地質年代のペルム紀(Permi
an)と、三畳紀(Triassic)の境界で起こった大量絶滅なので、それらの頭(かしら)文字を
取ってそう呼ばれています。

 ところで、世界の各地から産出する化石の種類や、その移り変わりを調べた研究による
と、それまで繁栄していた三葉虫やフズリナ(大きさ数ミリの単細胞生物)、四方サンゴ、
床板(しょうばん)サンゴなどが、ペルム紀末に絶滅したことが知られています。
 また、アンモナイト類や腕足類(わんそくるい:二枚貝のような殻をもつが、長い触手
をもち、貝とは全く異なる生き物)、腹足類(ふくそくるい:巻き貝のなかま)なども、
ペルム紀末にその数を大きく減らしたことが判明しています。

 ちなみに、生物を分類する科・属・種というレベルで見ると、海にすむ無脊椎(むせき
つい)動物では、科の数で57%、属の数で83%、種の数では実に96%が、このP/T
境界で絶滅したと推定されています。また、陸上にすむ脊椎(せきつい)動物の属の70%
が、これと同じ時期に絶滅したと考えられています。

              * * * * *

 ところでP/Tの大量絶滅は、なぜ起こったのでしょう?
 それについては、最新の知見も合わせると、だいたい次のようなシナリオが考えられて
います。

 しかし、その前にまずP/T境界においては、以下のような地球環境だったと推定されて
います。
●大気中の二酸化炭素濃度が増加し、地質学的な炭素同位体分析やモデル推定によると、
 2000ppm〜3000 ppm以上に達していた可能性があります。(2024年の二酸化炭素濃度
 は423.9ppm)
●地球全体の平均気温が32.2℃前後で推移する期間が数百万年も続き、赤道域の海水温度
 は40℃を超えていました。(2024年の地球の平均気温は15.1℃)
●大気中の酸素濃度が、現在(20%)の半分ほどの10%ていどでした。

 つまり上のような、二酸化炭素(温室効果ガス)の増加による超高温と、酸素の減少に
よって、大量絶滅が起こったわけです。

 それでは、なぜP/T境界において、二酸化炭素の増加が起こったのでしょう?

 その始まりは「火山活動」によるものだったと考えられています。つまり火山が噴火す
ると二酸化炭素がたくさん出るのです。その当時のシベリアで、ものすごく大規模な火山
活動のあったことが、専門家の研究により分かっています。
 それは「シベリア・トラップ」と呼ばれる火山岩を形成した大規模な火山活動で、今か
ら過去5億年の間に起こった中では最大規模の噴火の一つであり、およそ200万年にわ
たって続きました。現在この地域は、面積およそ777万平方キロメートルの玄武岩(マ
グマが冷えて固まった岩石)で覆われています。
 ちなみに日本の面積は38万平方キロメートルですから、シベリア・トラップの面積は、
その20倍以上にもなります。

 また、2020年に発表された最新の研究によると、P/T境界における二酸化炭素の
増加には、シベリアでの火山による大規模な「石炭の燃焼」も、関与していたことが示さ
れています。つまり、地下に堆積(たいせき)していた石炭がマグマの熱で燃焼し、それ
によっても大量の二酸化炭素が発生して、地球温暖化が進行したのです。

 そして次に、その気温上昇が「メタンハイドレート」の融解をひき起こしました。
 メタンハイドレートとは、深い海の底でメタンと水が結合し、シャーベットのように固
まったものです。
 温暖化によって海水の温度が上がると、このメタンハイドレートが融(と)けて、メタ
ンガスが海の底からブクブクと湧き出してくるのです。しかもメタンは、二酸化炭素と比
べて23倍もの温室効果があります。だからメタンガスの放出によって、さらに温暖化が
加速しました。

 これら、二酸化炭素とメタンガスの放出によって、地球全体の平均気温が32.2℃という
超高温になり、多くの生物が絶滅したのです。

 その上さらに、メタンの放出は、酸素の減少をひき起こしました。
 というのは、メタンは酸素と化学反応して、二酸化炭素と水になるからです。大量に放
出されたメタンが、大気中の酸素と結合し、酸素の濃度を低下させたのです。
 しかも温暖化による超高温で、すでに植物は大きなダメージを受けており、十分に酸素
を作ることが出来なくなっていました。そんなことも重なって、大気中の酸素は、現在の
半分ぐらいまで減ってしまいました。こんなに酸素が減ってしまっては、やはり、生きて
行けなくなった生物も多かったでしょう。

 大ざっぱなシナリオとしては、だいたい上のようなことが原因となって、P/Tの大量
絶滅が起こったと考えられています。
 ちなみに、中国南部の煤山(メイシャン)にある当時の地層の分析から、2億5160
万年前に突然絶滅が始まり、それに続く100万年で大絶滅が起こったと想定されていま
す。

              * * * * *

 ところで大量絶滅といえば、生命にとって、ものすごく悲惨で不幸な出来事だと考えて
しまいます。

 しかしながら、P/Tの大量絶滅によって多くの種が生態系から消え去ると、その生態
系の隙間(すきま)を埋めるように,次々と新しい種が出現しました。P/T境界後の中
生代には、生き残ったアンモナイト類や、二枚貝類などが大きく繁栄しましたし、あの有
名な「恐竜」たちも出現しました。もしもP/Tの大量絶滅が起こらなかったら、恐竜た
ちの出番は無かったかもしれません。

 つまり大量絶滅は、それまで存在していた多くの生命を根絶(ねだ)やしにするかわり
に、その後の時代になると新しい生命を生み出すのです。
 つまり環境悪化の原因がやがて消え去り、しばらくすると地球環境は生命が暮らしやす
い元の状態に回復します。そうすると、生態系に大きな空白がうまれ、幸運にも生き延び
たわずかな生命たちは、その空白を埋めるように急速に拡大します。そして、そこで頻繁
(ひんぱん)に行われる遺伝子のさまざまな組み合わせの中で、種の多様化も急速に進ん
だに違いありません。

 このように大量絶滅は、既存の生命を消滅させるのと同時に、生命進化を促進させる
「アクセル」のような働きもするのです。
 ちなみに地球の歴史において、過去に5回の大量絶滅が起こったとされていますが、そ
れらの大量絶滅を地球の生命が経験しなかったら、おそらく私たち人類も出現しなかった
ことでしょう。

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 以上、ここまで見てきましたが、
 P/Tの大量絶滅は、生命にとって、ほんとうに悲惨で不幸な出来事でした。
 が、しかしながら、それは後につづく「中生代」という、新しい生命進化の幕開けとなっ
たのです。そのことに対して言えば、これは「神の御業」であったと私には思えてしまい
ます。

 そしてまた、P/Tの大量絶滅の原因が、二酸化炭素の増加による超高温と、メタンの
増加による酸素不足であったというのは、「神の警告」であるとも思えてなりません。
 なぜなら言うまでもありませんが、現在では急激な二酸化炭素の増加によって、地球温
暖化が急速に進んでいるからです。

 たしかに、現在の地球温暖化によって6回目の大量絶滅が起こっても、それが新たな生
命進化の原動力となるのかも知れません。が、しかし、それは私たち人類にとって、もの
すごく悲惨で不幸な事態であるのは絶対に間違いないのです。



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