神の御業 15
                               2025年11月16日 寺岡克哉


15章 陸上への進出
 生命が陸上に進出した時期は、植物がおよそ5億年前、昆虫の祖先がおよそ4億800
0万年前、脊椎動物がおよそ3億8500万年前とされています。
 はじめに植物が上陸し、地上を生きものが暮らしやすい場所に変え、そこへ昆虫、そし
て脊椎動物が上陸しました。

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 ところで生命が陸上に進出するためには、その前に、いくつかの環境条件が整っていな
ければなりませんでした。

 その一つが、「宇宙線」からの防御(ぼうぎょ)です。
 宇宙線というのは、宇宙を飛び交(か)う放射線のことで、その正体は、陽子やヘリウ
ム原子核、電子、ガンマ線(光子)などです。このうち、陽子とヘリウム原子核はプラス
の電気を持っており、電子はマイナスの電気を持っています。しかしガンマ線(光子)は
電気を持っていません。

 さて、これらの宇宙線から地上を防御する「第1のバリアー」は地球の磁場です。
 つまり地球は、大きな磁石の働きをしており、磁場を発生しているのです。たとえば方
位磁針(コンパス)が北を指すのはそのためです。その地球磁場は「宇宙空間」にも広がっ
ており、宇宙における地球磁場の勢力範囲を「磁気圏」と呼びます。
 そして、陽子やヘリウム原子核や電子などの「電気を持った粒子」が磁気圏に侵入する
と、それらの粒子は磁場の影響を受けて、進路が曲げられたり、跳ね返されたりします。
そのため、地球磁場がバリアーとして働くわけです。(しかし、電気を持たない光子は、
磁場で曲げられることはありません。)

 そして、宇宙線から地上を防御する「第2のバリアー」は地球の大気です。
 つまり宇宙線が、地球の大気圏に突入すると、宇宙線は大気を構成する分子(窒素分子
や酸素分子)と衝突してエネルギーを失い、大気に吸収されてしまうのです。この場合は、
電気を持った粒子も、電気を持たない光子も、大気の分子と衝突して吸収されてしまいま
す。

 つまり宇宙線は、地球磁場と地球大気という、2つのバリアーで守られているわけです。

 ところで、もしも磁場も大気も存在しなかったら、いったい宇宙線の量はどうなってし
まうでしょう?
 それを考えるのに、たとえば磁場も大気も存在しない月面上では、年間およそ420ミ
リシーベルトの宇宙線が降りそそいでいます。そしてこれは、地球の地上における年間お
よそ2.1ミリシーベルトの、200倍もの宇宙線量になっているのです。

 この宇宙線量はものすごく深刻で、たとえば被ばく線量が500ミリシーベルトを超え
ると白血球の減少が見られ、1000ミリシーベルト以上になると自覚症状が現れます。
そして4000ミリシーベルトを全身に浴びると、半数の人たちが骨髄(こつずい)障害
で死亡し、7000ミリシーベルトを全身に浴びると、ほぼ全員が死亡します。
 つまり地球磁場も地球大気も存在しなかったら、およそ17年ですべての人類が死滅し
てしまうのです。これでは、生命が地上に進出することは絶対に不可能です。

 蛇足(だそく)ですが、もともと月面上のように大気が存在しない真空の場所では、生
命も存在できません。ここでは、宇宙線量を考えるための「例え話」として理解してくだ
さい。

              * * * * *

 そして生命が陸上に進出するための、もう一つの環境条件が、オゾン層の形成による太
陽紫外線の遮蔽(しゃへい)です。

 まず、オゾン層の「オゾン」というのは、3個の酸素原子が結合したものです。
 成層圏(高さ10キロメートルから50キロメートル)では、エネルギーが高い太陽紫
外線の作用によって、酸素分子(酸素原子が2個結合したもの)が、2個の酸素原子に分
解されます。その酸素原子が、まわりの酸素分子と結合して、3個の酸素原子からなるオ
ゾン分子が生成されるわけです。

 このようにして成層圏に形成された「オゾン層」は、太陽から地球に降りそそぐ、生命
に有害な紫外線をほとんど全部吸収します。地上に生命が存在できるのは、オゾン層が有
害な紫外線に対するバリアーとして働いているおかげなのです。例えばもしも、オゾン層
がとつぜんに消え去ったら、人類を含めた地上の生命全体が壊滅してしまうでしょう。

 ちなみに、オゾン層によって吸収できなかった、ごく少量の紫外線が地上まで到達する
のですが、地上の生物はそれに対する防御機能を備(そな)えるようになったと言われて
います。しかしそれでも過度の紫外線を浴びれば、人の健康や動植物に悪影響(たとえば
皮膚ガンや角膜の炎症など)を及ぼすおそれがあり、また日光消毒という殺菌方法もある
ぐらいなので、やはり紫外線はけっこう危険なものだと言えます。

 ところで、オゾン層が形成されるためには「酸素」が必要です。
 しかしながら最初の地球大気には、酸素がまったく存在しませんでした。ところが、お
よそ5億年前に、大気中の酸素が現在の10分の1程度まで増えて、オゾン層の形成が始
まったのです。
 このように、地球大気に酸素が存在するようになったのは、「光合成」によって酸素を
作る生物が現れたからです。
 ちなみに、地球で最初に光合成を行ったのは、30億年前から25億年前ぐらいに出現
した、シアノバクテリア(ラン藻類の一種)の祖先であったと考えられています。その後、
およそ12億年前に水中の「植物」が出現し、それらシアノバクテリアや植物が、せっせ
と酸素を作った結果として、オゾン層が形成されたわけです。

 蛇足ですが、「水」は紫外線を吸収するので、オゾン層がない時代でも水中に生命は存
在できました。

              * * * * *

 さて、
 宇宙線の防御と、太陽紫外線の遮蔽という、2つの環境条件が整ったので、生命は陸上
に進出することが可能になりました。はじめに植物、つぎに昆虫、そして脊椎動物が上陸
して行ったと考えられています。

 とくに、私たち人類の祖先である「脊椎(せきつい)動物」が陸上に進出したのは、お
よそ3億8500万年前になります。陸に上がった最初の脊椎動物は両生類で、さらにそ
の祖先は、すでに絶滅した原始的な魚類だと考えられています。その魚類とは、現存する
ものではハイギョやシーラカンスに近い仲間とされており、陸上の脊椎動物の手と足は、
魚類の胸ビレと腹ビレがそれぞれ進化したものだというのが定説になっています。

 しかしここで、私は疑問に思ったのですが、魚はどうして陸に上がったのでしょう?

 魚にとっては、水中の方がはるかに棲(す)みやすいはずです。陸上では呼吸もままな
らず、体も干からびてしまいます。陸の上は、いつも死の危険がとなりあわせです。それ
なのになぜ、わざわざ危険を犯してまで、魚は陸に上がろうとしたのでしょう?

 証拠はありませんが、「魚の中でも特に弱いものや不器用なものたちが、優秀で強い魚
たちから陸に追いやられたのではないか?」と、私は考えています。
 水の中は生存競争がとても激しくて、魚の中でも弱くて不器用な者たちは、陸に逃げる
しかなかったのではないでしょうか。そして、「陸上」という新しい環境に適応していく
ことでしか、生き残る道がなかったのではないでしょうか。

 そのように私は思うのです。そしてその後、「陸上」という新天地を得て、両生類や爬
虫(はちゅう)類、鳥類、そして哺乳類として、大繁栄を遂げることになったのでしょう。

              * * * * *

 以上ここまで見てきましたが、
 地球磁場と地球大気による、宇宙線からの防御。
 光合成による酸素の製造と、オゾン層の形成。
 それらにより与えられた、陸上という新天地。
 そして、弱くて水中から追いやられた魚たちの、陸上への果敢(かかん)な挑戦。

 これらの奇跡的な条件が揃(そろ)わなかったら、生命が陸上に進出することは無かっ
たでしょう。そして、もしもそうなれば、私たち人類も出現することはなく、あなたも私
も存在しなかったわけです。

 そのことに思いを馳せると、生命が陸上に進出できたことは、まさに「神の御業」であっ
たとしか私には考えられないのです。



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