神の御業 14
2025年11月9日 寺岡克哉
14章 カンブリア爆発
「カンブリア紀」というのは、およそ5億4100万年前から4億8500万年前の時
代を指しますが、この時代における最大の特徴として、「カンブリア爆発」と呼ばれる生
物多様性の急激な拡大が起こりました。
つまり、たくさんの種類の多細胞生物が突如(とつじょ)として出現し、それ以前まで
は数十種にすぎなかった生物が、いっきに1万種以上に増えたのです。そして、現在でも
存在している主要な「動物界の門」のほとんどが、この時代に初めて現れたとされていま
す。
これは、まさに「爆発」という言葉がぴったりと当てはまる、ものすごく驚異的な現象
であったと言えるでしょう。
* * * * *
ところで、上に出てきた「動物界」とか「門」というのは、生物の「分類階級」と言わ
れるもので、界・門・綱・目・科・属・種の、七つの階層から成っています。
その中でも、いちばん上の階層である「界」には、以下の五種類があります。
原核生物界: 真正細菌(バクテリア)や古細菌(アーキア)など、細胞核を持たない
生物。
原生生物界: 単細胞の真核生物(細胞核を持つ生物)や、比較的単純な多細胞生物。
菌界: キノコやカビなど、細胞壁を持ち、吸収によって栄養を摂取する生物。
植物界: 光合成を行う多細胞生物で、陸上植物や藻類などが含まれます。
動物界: 他の生物を捕食したり、吸収したりして栄養を摂取する多細胞生物。
このうち「動物界」は、40種類ていどの門に分かれています。その中でも、代表的な
ものを挙げると以下のようになります。
脊索動物門: 魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類などの脊椎(せきつい)動物と、
ナメクジウオやホヤなどの脊索(せきさく)動物。
節足動物門: 地球上で最も種類が多く、昆虫、甲殻類(エビ、カニなど)、クモ、サ
ソリ、ムカデなど。
軟体動物門: 貝類、イカ、タコ、ナメクジなど。
環形動物門: ミミズ、ゴカイ、ヒルなど。
腔腸動物門: クラゲ、イソギンチャク、サンゴなどの腔腸(こうちょう)動物。
ちなみに分類階級の1例として、たとえば人間は、動物界・脊索動物門・哺乳綱・霊長
目・ヒト科・ヒト属・ヒト種に分類されています。
ところで、カンブリア紀の動物の種数は1万種ていどが化石で見つかっており、現在の
動物の種数は学名の付けられたもので、およそ154万種となっています。
このように、種の数では現在の方がずっと多いのですが、門の数はカンブリア紀の時代
とほとんど同じわけです。このことから、脊索動物とか節足動物とか軟体動物という、現
在の動物の体の「基本的な構造」は、すでにカンブリア紀のときに完成し定(さだ)まっ
ていたことが分かるのです。
* * * * *
しかしそれにしても、なぜカンブリア紀に、これほど多くの生物が急激に進化したので
しょう?
この疑問にたいして、いくつかの仮説が提唱されていますが、まだ確かな答えは見つかっ
ていません。しかしながら以下のような要因が、複合的に作用した結果ではないか考えら
れています。
1.酸素レベルの上昇
酸素は生物の「代謝(たいしゃ)」に不可欠であり、カンブリア紀に入る頃には大気中
の酸素濃度が上昇していました。これにより、多細胞生物が活発に進化するための環境が
整ったと考えられています。
(代謝とは、生物の体内で生じる全ての化学変化とエネルギー変換のことです。たとえ
ば一例として、酸素や栄養素を外から取り込み、消化・吸収して活動に必要な物質やエネ
ルギーを作り出すことなどがあります。)
2.遺伝子の進化
カンブリア紀には、動物の体の構造を決定する「ホメオボックス遺伝子」が進化し、複
雑な体をもつ動物が登場しました。この遺伝子の出現が、生物の多様性を劇的に広げる一
因となったのです。
この「ホメオボックス遺伝子」とは、おもに「発生」における形態形成、器官形成、細
胞分化などに関わる遺伝子をいいます。また「発生」とは、受精卵から、多細胞の高次な
状態へ不可逆的に変化・発展することです。
3.有性生殖
カンブリア紀における劇的な進化には、有性生殖の重要性も考えられます。有性生殖は、
親(父と母)の遺伝情報を混ぜ合わせることで、新しい組み合わせを生みだし、子孫に遺
伝的な多様性をもたらします。この遺伝的多様性は、環境の変化に対する適応力を高めた
り、生物の進化を加速させる要因となりました。
カンブリア紀以前では、無性生殖が主流で、親とほぼ同じクローンが子として生まれる
ため、進化のスピードは比較的遅いものでした。しかし有性生殖が普及することで、進化
の「試行錯誤」が劇的に増加し、新しい形態や機能をもつ生物が次々に出現したのです。
有性生殖のもう一つの利点は、病原体との「進化競争」において、つねに新しい防御手
段が獲得できることです。
たとえば、ある動物に感染する病原体に対抗するため、その動物は病原体にたいする免
疫を進化させます。そうすると病原体の方は、その免疫にたいする耐性を進化させて適応
します。さらにそうすると動物の方は、その病原体にたいする免疫をさらに進化させるの
です。
このように敵対関係にある生態系では、つねに変わり続けなければ、すぐに絶滅の危機
に瀕(ひん)してしまいます。従って有性生殖は、進化のスピードを速めることにより、
絶滅を防ぐことに貢献しているわけです。
4.捕食者と被食者の関係
捕食者(食べる側の生物)の出現により、被食者(食べられる側の生物)が自己防衛の
ために進化し、生物の多様性が促進されたと考えられています。だからカンブリア紀に、
硬い殻(から)や棘(とげ)を持つ生物が増えたのは、被食者が捕食者から逃れるために
進化したと見ることができます。
5.視覚の進化
カンブリア紀に、生物が「視覚」を獲得し始めたことで、進化が急激に加速したという
説があります。つまり「視覚の発達」により、捕食者は獲物をより効果的に捕らえること
が出来るようになりました。そうすると、被食者は捕食者から逃れるために、複雑な防御
機構を進化発展させたと考えられるのです。
現在のところ、上に挙げたような要因が複合的に作用した結果として、進化の激的な競
争が始まり、多様性が急速に拡大して、「カンブリア爆発」が起こったのではないかと考
えられています。
* * * * *
以上、ここまで見てきましたが、
「カンブリア紀」というのは、進化の急激な加速と、多様性の急速な拡大によって、さ
まざまな種類の生物がいっきに出現しました。
しかしながら、「食うか食われるか」という生存競争が、激化した時代でもあったので
す。
しかし、そうではありますが、そのような生存競争を通して「敵を恐れる」とか「獲物
を欲する」とか、あるいは有性生殖を行うために「異性を求める」という、原始的な感情
というか、原始的な「心」が芽生えた時期が、カンブリア紀であったのではないかと私は
考えています。
この、カンブリア紀における「心の芽生え」が起こらなかったら、私たち人類がもつ高
度な精神や自我意識も、生まれることは無かったでしょう。
その証拠に、たとえば「植物」は光合成をすれば生きて行けるので、「獲物を欲する」
必要がなく、また「異性を求める」こともしません。だから、いくら進化しても、高度な
精神や自我意識を持つことがありませんでした。
たしかに、「食うか食われるか」とか「異性のパートナーが得られるか得られないか」
という生存競争は、動物界に大きな苦しみや悩みを与えています。
しかし、それと同時に、「今日の糧(かて)が得られた!」とか「めでたく異性と結ば
れた!」という、大きな喜びも与えられているのです。
そのような「心の誕生」というのは、やはり奇跡的なことであり、神の御業であると私
には思えてならないのです。
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