神の御業 12
                               2025年10月26日 寺岡克哉


12章 細胞内共生
 人間は、およそ37兆個の細胞から出来ていますが、それら一つ一つの細胞の中に「ミ
トコンドリア」と呼ばれる、細胞よりもさらに小さな器官が存在しています。
 たとえば人間の細胞の大きさは、およそ20マイクロメートルですが、ミトコンドリア
の大きさは、およそ1マイクロメートルほどです。(1マイクロメートルとは1000分
の1ミリのことです。)そのようなミトコンドリアが、一つの細胞の中に、数100個も
含まれているといいます。

 このミトコンドリアの働きの中で最も重要なのが、「エネルギーの産生」です。
 つまりミトコンドリアは、食べ物から摂取(せっしゅ)した「栄養素」と、空気から摂
取した「酸素」から、ATP(アデノシン3リン酸)と呼ばれるエネルギー源を産生するの
です。
 ATPは、アデノシンという物質に、3つのリン酸が結合した物質ですが、ATPから1つ
のリン酸がはずれるとADP(アデノシン2リン酸)という物質になり、そのときにエネル
ギーが放出されます。つまり人間は、このエネルギーを利用してさまざまな生命活動を営
んでいるわけです。
 しかも使用後のADPは、ミトコンドリアで再びATPに変換されます。このようにして
ATPは、細胞内で繰り返しエネルギーの受け渡しを続けているのです。

 いま述べたように人間は、このATPを唯一のエネルギー源として、すべての生命活動を
維持しています。
 たとえば筋肉を動かす場合にはエネルギーが必要になりますが、そのエネルギー源はミ
トコンドリアによって作られたATPです。
 また運動だけでなく、心臓や腎臓、脳、肝臓など、「代謝(たいしゃ)」がさかんに行わ
れている臓器を維持するのにもエネルギーが必要です。
 ミトコンドリアは、これら主要な臓器を維持するために必要なエネルギー源(ATP)も、
栄養素と「酸素」から作り出しているのです。人間が絶えず呼吸をしているのは、このミ
トコンドリアに酸素を届けるためなのです。

(ちなみにミトコンドリアは、人間だけでなく全ての動物や植物が持っています。従って
ミトコンドリアは、それらすべての動植物が生きるためのエネルギーを作っているわけで
す。)

              * * * * *

 このように、人間を含めたすべての動物や植物が生きるために欠くことのできない、も
のすごく重要な役割をしているミトコンドリアですが、実はそれは、もともと別の独立し
た生命体(バクテリア)だったことが、遺伝子の解析から分かっています。

 ところで細胞の中に、べつの生命体が共生することを「細胞内共生」といいますが、な
ぜ、私たちが生きるための根幹中の根幹を、べつの生命体に委(ゆだ)ねることになった
のか、もすごく不思議でなりません。

 しかしながら、細胞内共生が起こった経緯は、おおよそ次のように考えられています。

 それはまず、40億年前にすべての生物の共通の祖先が誕生してから、まもなくすると、
バクテリア(真正細菌)と、アーキア(古細菌)という、2つのグループに分かれました。

 その後、30億年前から25億年前ぐらいになると、バクテリアのグループの中から
「シアノバクテリア」が現れて、光合成を始めるようになります。そうすると、大気中の
酸素がだんだん増えて行きました。

 ところで、一見すると酸素が増えるのは良いことのように思えますが、しかし、酸素が
無い環境で生きてきた生物(バクテリアやアーキア)たちにとって、酸素は「毒」として
働きました。なぜなら、酸素が体内に取り込まれて作られる「活性酸素」というのが、生
物の組織を酸化させて破壊するからです。
 たとえば人間の場合でも、この活性酸素は体内において、細菌やウイルスやガン細胞を
攻撃する役割をしているのですが、同時に正常な細胞にもダメージを与えるため、老化や
病気を引き起こす原因にもなっています。

 しかしある時、バクテリアのグループの中から、あるものが進化して、活性酸素の毒性
を取り除くことにより、酸素を積極的に活用するものが現れました。つまり栄養素と酸素
からエネルギーを作り出す、「ミトコンドリアの祖先」が誕生したわけです。

 ところが一方、アーキア(古細菌)のグループの中には、酸素に適応したものもありま
したが、「酸素に適応できないもの」もありました。そのようなアーキアの内、あるもの
は酸素の届かない暗い海底へと逃げ延(の)びたのですが、別のあるものは、ミトコンド
リアの祖先を自分の体の中に取り込んで一体となり、酸素が活用できるように進化したの
です。

 一方、アーキア(古細菌)に取り込まれたミトコンドリアの祖先は、アーキアが代わり
に餌(えさ)を取ってくれるので、エネルギーの生産(ATPを作ること)に専念できるよ
うになりました。だから、アーキアとミトコンドリアの祖先は、ウイン・ウインの関係で
あったと考えられます。

 そのようにして「細胞内共生」が起こり、私たち動物の細胞の祖先(真核細胞といいま
す)が誕生したと考えられています。
 ちなみにミトコンドリアだけでなく、さらに光合成をするシアノバクテリアをも細胞内
共生で取り込んで「葉緑体」にした真核細胞もありますが、それは植物の細胞の祖先とな
りました。

              * * * * *

 以上ここまで、細胞内共生について見てきました。

 私たちは、ごく当たり前のように「呼吸」をして生きていますが、その「呼吸によって
酸素を利用する」という生きるための根本を、もともとは別の生命体だったものが担(に
な)っていたわけです。その事実にたいして、私はものすごく驚くとともに、とても不思
議な気持ちになりました。

 別々の生命が合体して一つの生命になる・・・
 別々の生命が協力しあって一つの生命になる・・・
 協力し合うことによって、さらに複雑で高等な生命になる・・・

 「生命」というものに、これらの能力が与えられたことに対して私は、「それこそが神の
御業なのだ!」と思わずにはいられないのです。



      目次へ        トップページへ