神の御業 6
                                2025年9月14日 寺岡克哉


6章 質量欠損 その2
 前章(エッセイ1226)で、「比較的質量の小さな」2つ以上の原子核が「核融合反
応」をすると、「質量欠損」という現象が生じると述べました。
 このとき「比較的質量の小さな」と、わざわざ断わっていたのは、質量欠損が生じるの
は鉄の原子核(陽子26個、中性子30個)までだからです。

 もしも鉄より質量の大きな原子核を、ムリに「核融合反応」をさせて作ったとしたら、
元の原子核の質量の合計よりも、新しく作られた原子核の質量の方が大きくなり、質量欠
損とは逆の「質量収益」とも言えるような現象が起こるのです。
 そして、この質量収益による「質量の増加分」は、原子核の質量が大きくなればなるほ
ど、ほんの僅(わず)かずつですが増えて行きます。

 だから、ウランの原子核(陽子92個、中性子143個)や、プルトニウムの原子核
(陽子94個、中性子145個)のような、非常に質量の大きな原子核の場合は、核融合
ではなく「核分裂」をさせて、元のウランやプルトニウムよりも質量の小さな原子核に分
解した方が「質量欠損」が生じるのです。
 そして「核分裂反応」による質量欠損で減少した分の質量は、エネルギーに変わること
になりますが、そのエネルギーによって原子爆弾(原爆)が爆発したり、原子力発電所
(原発)が発電するわけです。

              * * * * *

 さて上で、もしも鉄より質量の大きな原子核を、「ムリに」核融合反応をさせて作った
としたら云々(うんぬん)と述べましたが、ここで「ムリに」とあえて断ったのは、太陽
のような恒星における核融合反応で作られるのは「鉄の原子核まで」で、それよりも大き
な質量の原子核を作ることが出来ないからです。

 なぜなら、核融合反応を継続させるためには「熱エネルギー」が必要だからです。
 そのイメージとしては、紙に火をつけると、火の熱によって紙が燃えつづけるのと似て
います。つまり燃焼反応を継続させためには、火の「熱エネルギー」が必要なわけです。

 ところで「質量欠損」で失った分の質量がエネルギーに変わるとき、そのエネルギーと
は具体的に「熱エネルギー」と「光エネルギー」になります。それで太陽は熱くて眩(ま
ぶ)しいわけです。

 しかし核融合反応が、鉄の原子核まで進むと、それから先に核融合反応を進めようとし
ても、質量欠損が生じないため、熱エネルギーも発生しません。そのため、鉄の原子核が
作られた段階で、核融合反応がストップしてしまうのです。

(ウランなどの、鉄よりも質量の大きな原子核が存在する理由については、次の章で説明
します。)

              * * * * *

 つぎに、核融合反応を継続させるために「熱エネルギー」が必要な理由を、もう少し詳
しく説明しましょう。

 まず、そもそも「熱の本性」は何かといえば、この場合においては「原子核の乱雑な運
動」です。つまり恒星の内部に存在する、水素原子核やヘリウム原子核などが、「速さも
向きもバラバラ」に運動しているというのが「熱の本性」なのです。
 この「速さも向きもバラバラ」というのが重要で、もしも「速さも向きも一定」だった
ら、それは熱ではなく、単にそれら原子核が一定方向に移動しているだけになります。

 ここで、「速さも向きもバラバラな運動」が、なぜ「熱」なのかというのには、ものす
ごく疑問に感じます。が、しかし、気体(ガス)における「熱」という現象が詳しく研究
された結果、どんな気体の場合でも、その気体を構成している原子や分子が、速さも向き
もバラバラに運動している状態こそが、「熱の本性」であると判明したのです。だから熱
とは、そういうものであると納得するしかありません。
 ところで恒星の内部に存在する、水素原子核やヘリウム原子核などが、はたして「気体
なのか?」という疑問が生じるかも知れません。が、しかし実は、それらは電離気体(プ
ラズマ)と呼ばれる、れっきとした「気体」なのです。

 さて、原子核には「陽子」が含まれているので、プラスの電気を持っています。
 そしてプラスとプラスの電気は反発するので、原子核と原子核も反発します。しかも、
その反発力は、原子核と原子核が近づくほど強くなります。
 ところが、原子核と原子核が「触れ合うほど」近づくと、電気の反発力よりも100倍
も強い「核力」という引力が働いて、原子核と原子核が融合し、1つの原子核になるので
す。それが核融合反応です。

 上のように核力は、原子核と原子核が触れ合うほどの、とても近い距離でなければ働き
ません。だから核融合反応を起こさせるためには、電気の反発力に打ち勝つほどの勢(い
きお)いで、原子核と原子核をぶつけなければなりません。そのために「熱エネルギー」
が必要になるのです。

 上で述べたように、「熱の本性」というのは「原子核の乱雑な運動」でした。
 だから「熱エネルギーの本性」というのは、じつは原子核の運動エネルギー(つまり運
動の勢い)になります。
 ところで恒星の内部では、原子核の乱雑な運動により、たくさんの原子核と原子核が、
いたる所でぶつかりあっています。
 しかし熱エネルギーが小さければ、運動の勢いも小さいので、原子核と原子核がぶつかっ
ても、電気の反発力で弾(はじ)き返されてしまいます。
 ところが、熱エネルギーが十分に大きいと、運動の勢いも十分に大きくなり、原子核と
原子核がぶつかると、電気の反発力に打ち勝って、核力が働くほどの距離に近づけるよう
になり、核融合反応が起こるのです。

 そして、その十分な熱エネルギーを供給し、核融合反応を継続させるために、質量欠損
が必要になるのです。

              * * * * *

 以上のような理由で、
 核融合反応を継続させるためには、熱エネルギーが必要であり、
 熱エネルギーを生じさせるためには、質量欠損が生じなければならず、
 質量欠損が生じるのは、鉄の原子核までだから、
 核融合反応は、鉄の原子核が作られた段階でストップしてしまうのです。

 しかしながら恒星内部での核融合反応が、鉄の原子核(陽子26個、中性子30個)ま
で進むことができたのは、ものすごく幸運なことでした。
 なぜなら、生命を維持するのに必要不可欠な元素である、炭素(陽子6個、中性子6個)、
窒素(陽子7個、中性子7個)、酸素(陽子8個、中性子8個)、リン(陽子15個、中性
子15個)、硫黄(陽子16個、中性子16個)が、恒星の内部でたくさん作ることが出来
たからです。

 なぜ、核融合反応で質量欠損が生じるのは「鉄の原子核まで」なのかは、ものすごく不
思議な現象であり、「神の御業」というしかありません。
 しかし、その「神の御業」のおかげで、生命に必要な元素がたくさん作られ、地球に生
命が誕生することができたのです。

              * * * * *

追補
 ところで4章(エッセイ1225)で述べたように、そもそも核融合反応が始まるとき
(つまり恒星が誕生するとき)は、宇宙空間を漂(ただよ)うガスが、自らの重力によっ
て圧縮されることで温度が高くなり、その熱エネルギーで核融合反応が始まるのでした。
だからこの場合は、質量欠損の必要がありません。

 しかし核融合反応が始まると、質量欠損によって生じる熱エネルギーで、ガスの乱雑な
運動の勢いが増し、ガスが膨張しようとします。そのため、ガスの膨張力と重力が釣り合っ
たところで、重力によるガスの圧縮が止まってしまいます。
 そうすると、重力の圧縮による熱エネルギーの供給も止まってしまうので、その後はひ
とえに、質量欠損によって生じる熱エネルギーが、核融合反応を継続させるためのエネル
ギーとなるのです。

 ところで、「ガスが自らの重力によって圧縮されると温度が高くなる」というのも、す
ごく不思議な現象ですが、それは以下のように説明できます。
 まず、宇宙空間に広く漂っていたガスが、重力に引かれて一ヵ所に集まって来るという
ことは、その場所にガスが「落ちて来る」ということです。
 そして、どんな物でも、落ちると必ずエネルギーを持ちます。それは例え、どんなにゆっ
くり落ちたとしても、落ちた分に見合ったエネルギーを必ず持ちます。それを「重力によ
る位置エネルギー」といいます。

 たとえば質量1kgの鉄球が、地球上で1メートルの高さから落下したら、9.81J(ジュー
ル)の運動エネルギーを持ちます。しかしそれは、ゆるやかな斜面をゆっくりと転がり落
ちても、高低差が1メートルであれば9.81Jの運動エネルギーを持つのです。(ただし、斜
面を転がるときの摩擦がないものとします。)
 なぜ、そうなるのかと言えば、質量1kgの鉄球が1メートルの高さにあるときの「重力
による位置エネルギー」が9.81Jであり、「落ちること」によって、その位置エネルギー
が運動エネルギーに変わったからです。そしてそれは、直接落下しても、斜面を転がり落
ちても、高低差が同じ1メートルであれば、9.81Jの位置エネルギーが運動エネルギーに
変わるのは全く同じだからです。

 さて、重力によるガスの圧縮の場合でも、圧縮された分だけ「ガスが落ちた」ことにな
ります。そうすると、重力による位置エネルギーが、ガスの原子や分子の運動エネルギー
に変わります。しかしながら圧縮されたガスの内部では、ガスの原子や分子が乱雑に衝突
を繰り返しているため、それら原子や分子の運動エネルギーが乱雑にかき乱(みだ)され
ます。それはすなわち「熱エネルギー」であり、そのため重力の圧縮によってガスの温度
が上がるわけです。



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