神の御業 1
                                2025年8月10日 寺岡克哉


1章 ビッグバン以前の世界
 神とは、「この世界」のすべてを「存在させる働き」ですが、「この世界」というのには
「ビッグバン以前の世界」も含んでいます。

 私たちが存在する「この宇宙」は、およそ140億年前に起こったビッグバンによって
誕生したと言われていますが、それでは、それ以前の「この世界」とは一体どのようなも
のだったのでしょう?

 この疑問については、科学的に証明された答えがないので、現在のところ「推測(す
いそく)」の段階にとどまっています。が、しかしながら、「ビッグバン以前の世界」に
ついて、大きく以下の三つの考え方が提唱されています。

              * * * * *

 まず一つ目は、膨張と収縮を繰り返す宇宙です。
 つまり、現在「この宇宙」は膨張をつづけていますが、やがてその膨張が止まり、収縮
に転じるという考え方があります。
 もしも、そうだとすれば、収縮に転じた宇宙は、時間が経つほど小さくなって行き、最
終的には宇宙全体が一つの原子よりも小さくなってしまうと考えられています。
 そして、そのように極限まで小さくなった宇宙は、再(ふたた)び大爆発(ビッグバン)
を起こして、今度は膨張に転じるわけです。

 このように、「この宇宙」は膨張と収縮を繰り返しているという考え方があり、その考
えに従えば、ビッグバン以前の世界は「収縮する宇宙」だったのであり、さらにその前は
「膨張する宇宙」であり、それを無限の過去から繰り返してきたと考えられるのです。

              * * * * *

 そして二つ目は、ビッグバン以前の宇宙における「最低のエネルギー準位」が、さらに
下がることによって膨大なエネルギーが爆発的に生じ、ビッグバンが起こったとする考え
方です。
 つまり、ビッグバン以前の宇宙における、エネルギーの最低状態(熱も振動も運動もな
く一番エネルギーが低くて最も安定した状態)が、じつは最低ではなく、それよりもさら
に低い状態が突然に現れたため、それに伴って膨大なエネルギーが発生したのです。それ
を例えて言えば、「宇宙の底が抜けた!」と表現できるかもしれません。

 この「宇宙の底が抜けた!」という状況をイメージしやすいように、たとえば「津波」
が起こる場合について考えてみましょう。
 まず、風がなく、波もなく、潮の流れもない、ものすごく穏やかで、これ以上は考えら
れないほど安定している海の状態を想定してみます。これが、その海におけるエネルギー
の最低状態です。
 ところが、とつぜん地震が発生して海底が沈降すると、つまり「海の底が抜ける」と、
その部分に周りの海水が流れ込み、その反動が津波となって四方八方に広がって行きます。
 つまり、海底の沈降が起こる前では、海のエネルギーが最低状態だったのに、海の底が
抜けることによって膨大なエネルギーが発生し、津波が起こったわけです。

 それと同じように、ビッグバン以前の宇宙ではエネルギーの最低状態だったのに、最低
エネルギー準位がさらに下がること、つまり宇宙の底が抜けたことによって、膨大なエネ
ルギーが発生してビッグバンが起こったわけです。
(ところで津波は、海底が隆起しても起こりますが、ここでは「宇宙の底が抜ける」とい
うイメージを説明するために、海底が沈降した場合を取り上げました。)

 上のような考え方に従えば、ビッグバン以前の世界は、この宇宙と同じような比較的安
定した宇宙だったかもしれません。しかし突然、ある場所の宇宙の底が抜けて、そこから
大爆発が起こったのです。
 また、それを「この宇宙」にも当てはめて考えると、この宇宙でも、どこかで最低エネ
ルギー準位のさらなる低下が起こったら、そこから新たなビッグバンが発生するかも知れ
ません。

              * * * * *

 さらに三つ目は、「マルチバース」と呼ばれる世界です。
 「マルチバース」とは、私たちが存在している「この宇宙」の他にも、たくさんの「別
の宇宙」が存在している世界のことを言います。

 そのような「マルチバース」は、宇宙の誕生時における「インフレーション理論」から
導(みちび)かれると言います。
 それは、親宇宙から複数の子宇宙が生まれ、それらの子宇宙からさらに複数の孫宇宙が
生まれるというように、宇宙の数がネズミ算式に増えて行く世界です。

 ところで「インフレーション理論」では、宇宙が誕生する際(さい)、ビッグバンが起
こる直前にまず、ごく微小な「新しい空間」が発生し、その空間はそれ自体が「反発力」
を持つために、急激な加速膨張(インフレーション)が起こるとしています。
 その後、インフレーションによって空間が1センチほどの大きさに膨張した時点で、
「空間のエネルギー」が「熱エネルギー」に転換して、ビッグバン(火の玉の爆発)が始
まったと考えます。
 このように、ビッグバンが始まる直前に「インフレーション」という過程を導入すると、
従来のビッグバン理論では説明できなかった宇宙のさまざまな現象が、説明できるという
のです。

 その「インフレーション理論」では、宇宙が誕生するとき、まず最初に「ごく微小な新
しい空間」が発生しますが、それは1個の陽子よりもずっとずっと小さな、本当にごくご
く小さな空間です。そのように小さな「新しい空間」の発生は、元の古い空間における
「量子ゆらぎ」という現象によって引き起こされると言います。
 つまり「空間の量子ゆらぎ」は、私たちが存在する「この宇宙」でも、あらゆる場所で
いつも起こっており、その「ゆらぎ方」が、ある値を超えて大きくなると、新しい空間が
発生してインフレーションが起こり、それに続いてビッグバンが始まってしまうのです。
 しかし、「量子ゆらぎ」によって新しい空間が発生する確率はとても小さいので、いく
ら「この宇宙」が広大であっても、インフレーションやビッグバンが各所で頻繁(ひんぱ
ん)に起こるわけではありません。

 さて、上の「インフレーション理論」から導かれる考え方によれば、まず親宇宙がイン
フレーションを起こすと、そこから茸(きのこ)のマッシュルームのような形をした子供
の宇宙ができます。
 親宇宙と子宇宙は、初めは「ワームホール(虫食い穴)」と呼ばれるトンネル状の空間
(つまり茸のヘタ)でつながっています。が、しかし、ワームホールはその後ちぎれてし
まい、子宇宙は親宇宙から完全に独立して行きます。
 そしてさらに、同じように子宇宙でインフレーションが起こると、孫宇宙が作られて行
きます。このようなことを繰り返して、無数の宇宙(マルチバース)が形成されると考え
られています。

 つまり、私たちが存在する「この宇宙」は、どこかの親宇宙から生まれた子宇宙かもし
れませんし、さらに将来的には、「この宇宙」が親となって、新たな子宇宙を生むかもし
れないのです。

              * * * * *

 以上、ビッグバン以前の世界として、膨張と収縮を繰り返す宇宙、底が抜ける前の宇宙、
マルチバースの、三つの考え(推測)を紹介しました。

 おそらくビッグバン以前の遠い過去から、さまざまな未知の法則や、力や作用、因果関
係、そして偶然や必然が、連綿と働きつづけてきた結果として、およそ140億年前に私
たちが存在する「この宇宙」が誕生したのでしょう。
 それは、まさに奇跡的な出来事です。(この宇宙が、いかに奇跡的な存在であるのかは、
これから順を追って書いて行きます。)

 このように、とてつもなく大きな奇跡が起こったのは、この宇宙を「存在させる働き」
である「神」によるものです。

 ここに、「この宇宙」において最初の「神の御業」が現れたのでした。



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