宗教に対して思うこと
                             2022年7月24日 寺岡克哉


 安倍・元首相の暗殺事件に関連して、

 宗教団体の旧・統一教会による、多額の献金問題が、

 マスコミで大きく取り上げられています。



 このように、

 多額の献金を要求したり、壺や印鑑などを高額で売りつけ
る「霊感商法」などの悪質な行為が、

 「宗教」というものに対するイメージを、ものすごく悪くしてい
ます。


           * * * * *


 上のようなことも影響して、

 現代の日本社会では、宗教に対するイメージが、あまり良く
ありません。


 しかしながら私は、

 人生を幸福に生きるために、「宗教的な素養」というのが、

 どうしても必要ではないかと考えています。



 つまり、

 欲望や快楽に溺(おぼ)れることなく、

 怒りや憎しみの感情に、支配されるのを避け、

 「迷(まよ)い」による恐れや不安を解消し、

 思いやりや、慈愛の心を育て、

 心を安らかにさせて、平和で幸福な人生を送るためには、

 宗教的な知識というか、「宗教的な教え」というものが、どうして
も必要だと、私は考えているのです。



 そのため本サイトでも、機会のあるたびに、

 「宗教的な教え」について、ある特定の宗教に偏(かたよ)る
ことなく、その要点を分かりやすく紹介しています。


 この、本サイトのようなやり方は、

 「宗教的な教え」を広く知ってもらうのに、宗教組織などを作る
必要がなく、

 ほとんど金もかからないので、布施(ふせ)や献金など不必要
であり、

 けっこう理想的な方法ではないかと、自分では思っています。


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 しかしながら、

 たとえば仏教やキリスト教などの「教え」が、2000年以上に
もわたって伝えられ、世界中に広まったのには、

 寺や教会などの「宗教組織」が、大きな役割を果(は)たして
来たことも、

 絶対に否定することができない、歴史的な事実です。



 現在の私たちが、

 2000年以上も前に説かれた「教え」の内容を知ることができ
るのは、

 それらの宗教組織が、その「教え」を、後世に伝え続けてきた
からに他なりません。



 だから、宗教組織がまったく不必要だと言うわけにはいかず、

 そのような組織を維持して行くには、僧侶や神父など、人々
に教えを説く立場の人間を育成し、その生活を保障しなけれ
ばなりません。

 そのために、「お金」というものが、どうしても必要になってき
ます。



 なので宗教組織が、

 布施や献金などの集金活動を行わなければならないのは、

 やむを得ないことなのでしょう。


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 しかし、そうであるならば、

 たとえば学校に通(かよ)う教育費や、病院で受ける心理
カウンセリングの料金のように、

 宗教団体においても、布施や献金の適切な額を設定し、
それを明確に示すべきです。

 そして、異常なほどの高額な布施や献金を、直ちに禁止す
るべきなのです。



 私は、

 宗教というのは、「心の教育」と「心理カウンセリング」の、2つ
の側面をもっており、

 宗教組織というのは、学校や病院と似たような組織だと考えて
います。



 このような理由から、

 布施や献金の値段は、いくら高くても、教育費や治療費と同じ
ていどにするのが、

 妥当だと考えているのです。



 最後に、ここで私はつよく主張しますが、

 宗教を、「金儲けの手段」にしては、絶対にいけません!

 壺や印鑑などを高額で売りつける「霊感商法」などは、まったく
もって言語道断(ごんごどうだん)です。



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