般若心経について 3
2021年12月12日 寺岡克哉
般若心経の本質を理解するためには、
「空(くう)」とは何か? ということと、
なぜ、この世に存在するもの全てが「空」ならば、あらゆる苦し
みや災厄から救われるのか?
ということを、理解する必要がありました。
そのうち前回では、
「空(くう)」とは何か? と、いうことについて説明しました。
今回は、そのつづきとして、
なぜ、この世に存在するもの全てが「空」ならば、あらゆる苦し
みや災厄から救われるのか?
について、説明したいと思います。
* * * * *
さて、
今回説明したいことを、もう少し正確に表現すると、
この世に存在するもの全てが「空」ならば、あらゆる苦しみや
災厄から救われる方法が存在する。
と、なります。
それは一体、どう言うことなのでしょう?
たとえば、
この世に存在するものが「空」ではなく、
あらゆるものが、他との因果関係をいっさい持たず、それぞれ
が、それ自身で独立して存在するならば、
それらのものは、(因果関係を持たないから)他からの干渉が
不可能で、永遠に不変であり、変化する余地がありません。
ところが実際は、
この世に存在する全てのものが「空」なので、
「時間的な因果関係」や、「構成要素的な因果関係」などの、
無限につづく原因と結果の「因果関係」によって、あらゆるもの
が存在しています。
なので、
原因から結果が生まれ、
その結果が、さらに次の原因を生むことになり、
その原因が、さらに次の結果を生んでいく・・・
というように、
この世に存在する全てのものは、ずっと永遠に同じ状態でいる
ということはなく、つねに変化し続けていくことになります。
その、具体的な一例として、
たとえば人が生まれると、生まれたことが原因となって成長し、
成長したことが原因となって、老化が始まり、
老化が原因となって、死を迎えます。
死を迎えると、火葬されて肉体は二酸化炭素になり、
二酸化炭素は、植物に取り込まれて、植物を成長させます。
さらに植物は、他の動物に食べられることにより、さまざまな
動物を成長させるのです。
このように、
世の中に存在する全てのものは、つねに変化し続けていく
わけです。
* * * * *
ところで、
この世に存在する全てのものが「空」であることにより、
さまざまな状況や状態を「変化させることが出来る」というの
が、ものすごく重要なポイントです。
なぜなら、
「良い結果を導く原因」を積み重ねて行けば、状況や状態を、
どんどん良くして行くことができるからです。
たとえば、
もしも怪我をしたり病気になったなら、病院に行って診察を受け、
適切な治療をすれば、怪我や病気を治すことができます。
お金が無くて困っているなら、浪費をやめて、しっかりと働けば、
状況を改善することが出来るでしょう。
いじめや、パワハラに苦しんでいれば、しかるべき機関に訴えた
り、あるいは現場から避難することで、状況を良くすることが出来る
でしょう。
困っている状況や、苦しんでいる状態が、永遠に続くということは、
絶対にありません。
どんなに悪い状況や状態であっても、良い方向に変化させる方法
(良い結果を導く原因)が、かならず存在します。
それが、
「空」という考え方(空思想)の、もっとも重要なポイントなのです。
* * * * *
ところが!
「悪い結果を導く原因」を積み重ねてしまうと、状況や状態がどん
どん悪くなってしまうので、それには注意が必要です。
たとえば、
もしも怪我をしたり病気になっても、治療を怠(おこた)り、不摂生
(ふせっせい)を続けていれば、
怪我や病気が悪化するだけでなく、最悪の場合は命を失ってしま
うでしょう。
お金が無くて困っているのに、浪費をやめず、働きもしなければ、
けっきょく一文無し(いちもんなし)になってしまうでしょう。
いじめや、パワハラに苦しんでいるのに、何の手も打たなけれ
ば、うつ病になったり、最悪の場合は自殺してしまうでしょう。
このように、
「悪い結果を導く原因」を積み重ねてしまうと、状況や状態がどん
どん悪くなってしまいます。
しかしこれも、
この世に存在するもの全てが「空」である限りは、当然の結果で
あり、どうしようもないことなのです。
* * * * *
以上、
前回からここまで、般若心経の最初の部分にある、
「照見五蘊皆空(しょうけんごおんかいくう) 度一切苦厄(どいっ
さいくやく)」
という、二つの語句について説明してきました。
私は、それらの二句にたいし、これまで説明してきたことから、
「空」を理解すれば、一切の苦厄から、必ず救われるのではなく、
「空」を理解すれば、一切の苦厄から救われる道(方法)が、必ず
存在する
というように、解釈している次第です。
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