心の宝・素粒子帝国主義の崩壊
                            2021年10月31日 寺岡克哉


 かつて私は、大学の研究室に在籍し、「素粒子」に関わる研究を
していました。

 「素粒子」というのは、あらゆる物質を構成する、いちばん小さな
粒子のことです。



 たとえば「私の体」は、たくさんの「細胞」からできていますが、

 さらに、それらの「細胞」は、たくさんの「分子」からできています。

 そして、それらの「分子」は、さらに小さな「原子」という粒子から
できており、

 さらに「原子」は、「原子核」と「電子」から、

 さらに「原子核」は、「陽子」と「中性子」から出来ています。



 昔は、これら陽子や中性子、そして電子を、「素粒子」と呼んでい
ましたが、

 現代では、その内の陽子と中性子が、さらに小さな「クォーク」と
いう粒子から出来ていることが分かっています。



 つまり現代では、

 「クォーク」と「電子」が、「素粒子」と呼ばれる最小の粒子とされ
ているのです。


            * * * * *


 さて、ここで、

 あらゆる物が「素粒子」から出来ているのであれば、

 素粒子のことを詳しく研究すれば、陽子や中性子のことが分かり、

 陽子や中性子のことが分かれば、原子核のことが分かり、

 原子核のことが分かれば、原子や分子のことが分かるはずです。



 そして原子や分子のことが分かれば、細胞のことが分かり、

 細胞のことが分かれば、私たち人間のこと(脳の構造や機能、
心の問題なども含めて)が、分かるはずです。



 そして人間のことが分かれば、

 政治や経済、民族、国家、スポーツや芸術(絵画、音楽、文学
など)、

 あるいは道徳や宗教、犯罪、テロ、戦争などのことも分かるはず
です。



 さらには人間だけでなく、他の生命や、生態系。

 さらにまた、地球、太陽系、銀河系、そして宇宙全体のことさえ
も、

 「素粒子」を研究すれば分かるはずです。



 つまり、

 「素粒子を研究すれば、この世の全てが分かる!」

 これが、

 かつて私が素粒子に関わる研究をしていた理由なのです。


            * * * * *


 ところが!

 あるとき、指導教官の教授から、

 「君はどうして素粒子の研究者を目指しているのか?」

 という質問を受けたことがありました。



 そのとき私は、上のような話をして、

 「素粒子の研究をすれば、この世の全てが分かるからです」

 と、答えました。



 そうすると教授は、

 「そのような考え方を ”素粒子帝国主義” と言うのだけれど、それ
は完全に間違っている」

 「たとえば、いくら陽子や中性子のことを詳しく研究しても、それで
理解できるのは、せいぜいヘリウム原子核(陽子2個、中性子2個
の原子核)までぐらいだ」

 「それよりも陽子や中性子が増えれば、原子核物理学に独自の
考え方(原子核のモデル)を導入しなければ、原子核のことは理解
できない」

 と、いうようなことを話された覚えがあるのです。



 つまり、

 いくら陽子や中性子のことを詳しく研究しても、

 その研究成果だけで理解できるのは、ごくごく簡単な構造の原子
核だけで、

 たとえば、生物に多く使われている炭素(陽子6個と中性子6個)
の原子核のことなどは、分からないというのです。



 なので、

 いくら素粒子のことを研究しても、高分子であるタンパク質や、いわ
んや細胞のことなど、分かる訳がないのです。

 当然ですが、

 人間や、政治、経済、国家、その他もろもろのことなども、いくら
素粒子の研究をしたところで、分かる訳がありません。


            * * * * *


 私は、その話を教授から聞いて納得し、

 「素粒子帝国主義の崩壊」とも言えるような体験をしたのです。



 ところで・・・ 

 もともと私は、「人間の幸福」とか「人としての心の在り方」など
に対して、

 けっこう大きな問題意識を持っていました。



 ところが、「素粒子帝国主義の崩壊」によって、

 いくら素粒子の研究をやっても、幸福や心の問題に取り組むの
には役に立たないと、心の底から思い知ったわけです。

(しかし研究活動は、情報収集(実験)をして分析し、その結果を
まとめて報告するという、いわゆる「頭の使い方」の訓練には、すご
く役に立ちました。)



 そして私は、「素粒子帝国主義の崩壊」という理由もあって、研究
室を去ることを決意し、

 いま現在、本サイトにエッセイを書くような人間に、なっているわけ
です。

(ちなみに、研究室を去った一番大きな理由は、研究者になるため
の才能、能力、努力が不足していたからです。)



 以上のように、

 「素粒子帝国主義の崩壊」は、私に新しい生き方を決意させてくれ
たという意味で、

 私の「心の宝」となっているのです。



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